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真理は単純にして平凡である。

心に残った一文を書き留めていきます。すこしずつ、ひとつずつ、ささやかに。

耳をすます

何故わたしにそんなことがわかるのか?耳を澄ませばわかる。声を聴くことがわたしの仕事なのだから。

 

1Q84 Book2」村上春樹 新潮文庫 後編 23ページ

 

これ、このまま臨床で使います。その通りです。

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身体機能の活性化

私がやっていのは、日常的な領域での身体機能の活性化です。そのような深刻な問題は、とても手に負えそうにはありません。

1Q84 Book2」新潮文庫 前編 252ページ

 

私がやっているのは、あくまで実際的なことです。筋肉の成り立ちや機能について大学のクラスで学び、その知識を実践的に膨らませてきました。技術をあちこち細かく改良して、自分なりのシステムを編み出してきました。ただ目に見える、理にかなったことをしているだけです。そこでは真実とはおおむね目に見えるものであり、実証可能なものです。もちろんそれなりの痛みを伴いますが。

 

1Q84 Book2」新潮文庫 前編 298ページ

 

青豆さんの職業は、「筋肉ストレッチ」と「刺客」。
青豆さんがやっている施術に近いことを私もやっています。ストレッチではなくて、「はがし」ですが。
全身の軟部組織の癒着をはがし、筋肉や膜の滑走性を取りもどすことで、「目にみえる真実」はほぼ獲得できます。痛みを伴いますが、それで解決すればそれでよし。
でも「真実」はその先にあって、そこに突っ込んでいかないと解決しない問題もあります。

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青豆さんのお祈り

予測が外れたときのことまではとくに考えなかった。彼女にできるのはお祈りすることくらいだ。しかし彼女にはわかっていた。お祈りは効くのだということが。

 

1Q84 Book2」 新潮文庫 前編 194ページ

 

そしてこの青豆さんのお祈りはこれ。

天上のお方(かた)さま。あなたの御名(みな)がどこまでも清められ、あなたの王国が私たちにもたらされますように。私たちの多くの罪をお許しください。私たちのささやかな歩みにあなたの祝福をお与えください。

 

このお祈り、1Q84の全編にわたって何度も出てきます。

このお祈りを声にだして読んでみてください。その響きがすーっと心に入ってきます。

なんかお祈りが必要だなぁと思ったら、これを唱えてみてください。

特定の宗派に属するお祈りよりも、小説にでてきたフレーズの方が抵抗感が少ないはずです。この青豆さんのお祈りは効きますよ。

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この建物の中にいると気持ちが落ち着く

この建物の中にいると気持ちが落ち着くとか、話がしやすいとか、知的な高揚感を覚えるとか、そういったそこに生きている人間にとっては自明な身体実感は数値化することができません。

 

「最終講義 生き延びるための七講」内田樹 文春文庫Kindle版 269

 

建物の居心地の良さ、悪さというのは、その気になれば誰でもが感じ取るとこができます。でもそれは人によって一致するとは限りません。神社や仏閣でもそうで、ある人にとっては気持ちがいいけれど、別の人にとっては居心地が悪いということがあります。相性みたいなもの。

何回読んでもわからない本

本を読むということが、いかに恐ろしいことか。(中略)詩人ステファヌ・マラルメが、新聞などと本は格が違うと言っています。何故なら本は「たくさん折り畳まれている」からだ、と。一体何を素っ頓狂な事を言ってるんだ、と思われるかもしれない。しかしこれは本質的なことです。本というのは一枚の紙を何度も折り畳んで裁断してつくるわけです。でも、そうして折り畳んで「本」にすると、急に一枚紙の文章や二枚に折り畳んで広げた書類と違って、何回読んでもわからなくなる。何度読んでも、何度目を凝らしても、すべての知識をものにしたという確信が不意に消え果てていく。不思議なことですが、これは事実です。繰り返します。本なんて読めません。読めるわけがない。「本」にした途端、何回読んでもわからなくなる。そういう本だけが本です。

 

「切り取れ、あの祈る手を」 佐々木中 河出書房新社 59ページ

 

そういう本とはどんな本か。最近やっと気がつきました。私にとっての「その本」は

古事記(ふることふみ)」です。
歴史を学ぶと、日本書紀は中国向けに漢字で書かれた正史、古事記は国民にむけて書かれた神話、と説明されていることがわかります。

でも、これは全然違います。古事記日本書紀はもっと本質的な違いがあります。

 

人生には救いがある。

一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いがある。

 

1Q84 Book1  村上春樹 新潮社 342ページ

 

その通りです。

強靭で美しく清潔

 肉体こそが人間にとっての神殿であり、たとえそこに何を祀るにせよ、それは少しでも強靭であり、美しく清潔であるべきだ。

 

1Q84 Book1」 村上春樹 新潮社 242ページ

 

カラダのメンテナンスを日常の生活のなかに組み込まないと、カラダは劣化していきます。

エントロピー増大の法則に抗うことができなくなります。

問題はどのようなメンテナンスをするか、ということ。

ひとつは自分でする。走る、ストレッチする、泳ぐ、踊る、闘う。なんでもいいのですが、ここで問題になるのは、どのような「主観」でやるか、いいかえればどのような「文法」を使うのか、ということです。

もうひとつはプロに任せる。

 

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