真理は単純にして平凡である。

心に残った一文を書き留めていきます。すこしずつ、ひとつずつ、ささやかに。

「ありのまま」でいいのだろうか。

嫉妬や憎悪、あるいは自己憐憫や怠惰を自分に許す、そういう傾向が現代社会ではとりわけ顕著であるように僕には見えます。人を憎む気持ちを平気で公開する。嫉妬心を剥き出しにする。自己規律の弱さを隠さない。そういう傾向が際立っています。そのこと自体はごくごく人間的な反応ですから、しかたがないのですけれど、それでも、そういう「罪」は必ず非人間的なものの培養器になってしまうということは意識しておいてほしいと思うのです。自分の弱さや幼さや卑しさを認めるのは成熟のためには必要なことです。でも、それはひとつ扱いを誤ると「非人間的なもの」を人間世界に導き入れる「大罪」になる。そのリスクをもう少し真剣に感知して欲しいと思います。

 

「日本霊性論」 内田樹 釈徹宗 NHK出版新書 117ページ

 

この前後の文章をちゃんと読まないとなにを言ってるのか、正確には把握できないかもしれません。でもとってもいいことをおっしゃってる。

私がこの一文に同意するのは、世間にあふれている「今のままの自分でいいんだよ」というメッセージへの違和感からです。

たしかに、傷ついた心を癒すのには「今のままの自分を許す」ことは有効です。

でもそこから先にはこれでは進めない。

自分の幼さや怠惰を乗り越えて行かないと、辿り着きたい場所には辿り着けない。