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真理は単純にして平凡である。

心に残った一文を書き留めていきます。すこしずつ、ひとつずつ、ささやかに。

どれほど根が善良でも

「かれらがなんであるかは、かれらの生産と、すなわちかれらがなにを生産し、またいかに生産するかということと一致する」  史的唯物論を「ひとこと」で言えば(無理な注文ですけど)、これに尽くされる。そう言っていいくらい有名な言葉です。  人間が何ものであるかは、その人が「何であるか」という本質的な条件によってではなく、「なにを生産し、いかに生産するか」によって決定される。  ぼくは、このテーゼを「そうだよな」と深く納得できるなら、その人は高校生であっても中学生であっても、マルクス主義者を名乗る資格があると思います。ほんとに。  例えば、ここに「根っからの邪悪な人間」がいたとしますよね。こいつがたまたまもののはずみで「善行」したとします(おばあさんに電車の席を譲るとか。まあ、それって厳密には「生産」じゃないですけど)。史的唯物論的には、この人は「いい人」ということになる。その人が「ほんとうは何ものであるか」なんて、極端な話どうでもいいよ。と。マルクスはそう言っているわけです。どれほど根がヨコシマでも善行をすれば善人。どれほど根が善良でも悪いことをすれば悪人。

 

「若者よ、マルクスを読もう」内田樹 石川康宏 Kindle版 位置2455

 

善き行いの積み重ねこそが世の中を住みやすいものにする。たとえそれがどんな打算的な意図でなされようとも。 私もそう思います。 若いころは全くそう思わなかったんですけどね。