真理は単純にして平凡である。

心に残った一文を書き留めていきます。すこしずつ、ひとつずつ、ささやかに。

仰げば尊し5

私にとっての最初の師匠が、堀江忠男先生。

 

そして1998年6月に第二の師匠に出会うことになりました。

 

「飛龍会」主宰、伊藤昇先生。

 

「カラダの文法」を整えるための「胴体力」体操と、少林寺拳法をベースにした独特の武道を教えていた武道家です。

 

伊藤先生と出あったのが私が40歳のとき。伊藤先生は50歳でした。

 

なぜ「飛龍会」だったのか。

 

大学を卒業して広告会社に入り、それと同時に縁あって東京都リーグに所属するサッカークラブに所属して、毎週末サッカーをしていました。

でも30歳後半をすぎるとだんだん走れなくなってきます。

このままじゃアカん。カラダを作り替えないともうやれない。

 

そう思った時に、思い出したのが武道の達人でした。

 

武道の達人、師匠と呼ばれる方々は、だいたい50歳以上、初老と言ってもいい年齢です。

 

でも、運動能力ではピークと言われる20歳代の若いのを赤子のように扱うのがそれらの先生でした。

 

多分、「お約束」はあるでしょう。

でも、それだけで全て説明できない何かがあるに違いない。

その「何か」を追求すれば、あと10年、20年、サッカーできるんじゃないか?

では、どこに行けばいいのか?

 

高校、大学にも柔道部、剣道部、空手部その他、武道系の部があったけど、あれはサッカーと言う競技を選ぶか、柔道その他の競技を選ぶか、その選択した競技の違いがあるだけで、身体操作の観点で決定的な違いがあるとは思えない。

 

で、迷っていて、最初に飛び込んでみたのが、「西野流呼吸法」でした。

 

由美かおるさんのお師匠さん、西野皓三先生の呼吸法の道場です。

 

なんでこれを選んだかと言うと実は単純で、当時の日本代表チームのキャプテン、加藤久さんも通っているらしい、と噂に聞いたからです。

 

で、週3回くらい、通いました。

 

なるほど、確かに不思議な光景が展開しています。

 

あまり説明がないので、これでいいのかどうかよくわからんままにやっていたのですが、確かに何かカラダが違ってきたように思います。

 

でも、もうちょっと何か、武道的なもの、例えば「突き」とか「蹴り」とか、「関節技」とか、あるいは「型」とか、もやってみたいなぁなんて思うのです。

 

そうこうするうちに、渋谷の大盛堂書店で偶然見つけたのが、高岡英夫先生の「意識のかたち」でした。

 

 

 

 

広告を非表示にする